Loading

STORY

OHSDIE(オースディ)と僕の話。

オースディ株式会社代表取締役の横瀧尚弘です。今回は、少し自分のことを書こうと思います。僕の化粧品業界デビューは、エトヴォスというミネラルコスメの会社から始まりました。

その前に僕がどういう人間か簡単に説明しておきます。もともと僕は嘘をつくのが苦手で、学生時代のアルバイトの時も、悪いものは悪いと言うし、仕事ができていない店長にはそう進言して、トラブルになりクビになったこともあります。もちろん、そんな僕を面白いやつだなといってかわいがってくれた先輩たちもいました。

ETVOS(エトヴォス)起業

大学に進学して2年目で入学時と違う学部に転部を申請するも、単位が足りず転部できなかったので、大学は辞めました。自分の学びたいものが学べない大学教育には全く興味がなかったし、卒業するために、やりたくないことをこの先何年もやり続けるなんて苦行でしかない。当時、周りの大人たちは、苦行でもみんなそうやって成長するんだから、我慢して大学を卒業しなさいと諭されました。僕はそこに楽しさや、幸せはないと、判断して、大学中退というレッテルを貼られて社会に出ました。母親には、申し訳ないと思いましたが、自分の人生なので、自分で決めさせてもらいました。

社会に出ると、案の定、大学中退の重石はボディブローのように効いてきました。興味のある会社は、大卒資格がないと面接もしてくれませんでした。とにかく独り暮らしで、食べていかないといけないので、学歴不問の営業の仕事をはじめました。何社か営業の仕事をして、充実してきた頃、一部上場の大手IT企業の正社員になりました。当時では珍しく、大学中退でも、しっかり働いてくれればいい。そんな会社でした。僕はヤル気満々、良いと思うことをどんどん実行していこうとしましたが、中途半端な出る杭は打たれる状態になり、辞めて起業しようと思っていたときに、タイミングよく実姉から共同起業の話がもちあがりました。

起業の話は、アメリカで人気を博しているミネラルファンデーションを日本でも販売しようというものでした。まだ、日本ではミネラルファンデーションというカテゴリーがなく、売れるかどうかは全くの未知数でした。でも、本当に良い物やサービスをお客様に届けたい想いは僕を突き動かし、僕があたためていた『ETVOS(エトヴォス)』というブランド名を冠し、小さなマンションの1室で日本初のミネラルファンデーションが誕生しました。

ETVOS(エトヴォス)と僕

エトヴォスを起業したものの、もちろん、売上はすぐには上がりませんでした。それでも、信じた道をただ前に進むしかない。日本初のミネラルファンデーションの『ETVOS(エトヴォス)』。僕は自分の想いをのせた『ETVOS(エトヴォス)』を多くの人に知ってもらいたい一心でした。僕は妥協を知らない。良いものは良いし、良くないものは、良くない。僕は僕だし、僕のライフスタイルは僕が決める。やりたくないことはやらないし、嘘もつかない、本音を言う。今から思えば、まだまだ若かったけど、ゼロから事業を立ち上げるパワーはそんな若さから生み出されていました。

目まぐるしく時間は流れ、エトヴォスは順調に成長し、3人だけの会社はすぐ人が増えて、「組織」になっていきました。僕はどちらかというとあまり「組織」には馴染めない性分でした。だから、起業したわけですが・・・。組織が大きくなるにつれて、僕のライフスタイルや言動や行動が、「組織」にそぐわなくなってきました。

結局、僕の言動や行動、ライフスタイルが様々な軋轢を生み、僕はエトヴォスを去ることになりました。3年間、寝る間も惜しんで奔走し、『ETVOS(エトヴォス)』を全国規模のブランドまで大きくできた成功体験と、創業会社を去ることになった挫折体験。3年間で僕は天から地へと落ちた気分でした。と、同時に、少し肩の荷が下りたという安堵感もあった気がします。

エトヴォスを去ったとき、娘は1歳になったばかりでした。明日から収入ゼロ。妻と1歳になったばかりの娘の寝顔を見ながら、寝付けず、涙を流すこともありました。

「もう一度、頑張りたい。」妻にそう話すと、

「こんなときのために。」と、コツコツと貯めていた家計から創業資金を手渡されました。当時はよく泣いていた気がします。家族にもうこんな思いはさせたくない。僕は誓いました。そうして、裸一貫から僕だけの会社、オースディを起業しました。もう一度、化粧品で女性をキレイにする!そう奮起し、また小さなマンションの1室からスタートしました。

それでも起業したての頃は、思うように売上はあがりませんでした。毎日ヘトヘトになるまで働いても結果がでない。なんとか食べる日が続きました。開発資金も乏しかったので、美容クリニック用の大型美容機器の営業のかたわら、ドクターズコスメやサロン専売化粧品などの開発を請け負い、夜は寝る間を惜しんで理想とする処方を研究しました。そうして、納得のいくオリジナル化粧品が完成しました。それが『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品です。起業してからちょうど1年が過ぎようとしていました。

『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品は、大手化粧品会社が手を出せない原料を使用しています。量産しても安くならない原料です。工業製品ではない原料は、製造するのにコストがかかります。そんな至極の美容成分が世の中にはたくさん存在します。最初は取引のある美容クリニックやエステサロンに『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品を卸販売しました。美容クリニックやエステサロンは美容のプロです。そこで認められてこそ実感出来る化粧品だと考えたからです。美容クリニック、エステサロンで『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品は評価され、その後、インターネットでの直接販売に切り替えました。現在、アンチエイジングに特化した『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品は、延べ2万人以上のお客様にご愛用いただいております。

『DUVOTA(ドゥボータ)』化粧品をはじめ、オースディでは『Life is Beautiful』を創業理念として、生活を豊かに、心を豊かにする、商品・サービスを日夜研究開発しています。『LIFE』には、人生、命、生き方、生活など、様々な意味があります。『Life is Beautiful』とは、「人生は素晴らしい」「楽しい毎日」「尊い生命」そんな意味があります。『Life is Beautiful』は、僕が最も大切にしている価値観です。

2020年、オースディ株式会社は、おかげさまで創業10年目を迎えることができました。これもひとえにお客様のご愛顧の賜物です。起業してからも色々ありました。泣いたり、笑ったり、色々あるから楽しい。今は素直にそう思えます。僕はこれからも『Life is Beautiful』を理念とし、お客様とともに歩み、よりよい社会のために貢献していきます。

Life is Beautiful

「人生は素晴らしい」

そう思える、商品、サービスを届けたい。

そして、ありがとう。

オースディ株式会社 代表取締役 横瀧尚弘

PAGE TOP